現地からの中国事情

庶民を困窮させる共産党

米国の威信失墜で、好機が到来したのに、中国に元気がありません。戸籍制度が個人消費の壁になっています。

 トランプ大統領の「関税政策」で米国はグローバル時代を主導しなくなり、しかも「竜頭蛇尾」になるので米国の威信は失墜しています。
 本来なら、ここで「好機到来」と国家利益に向って行動に出るのが習近平政府ですが、米国が退いた後の空白を埋めようという大国意識を抑えるようになりました。

日本に秋波

 東京電力が2023年8月に福島原発の汚染処理水の海洋放出を始めると、「核汚染水の放流」とキャンペーンを展開。魚好きの中国人に恐怖心を抱かせ、在日の留学生やビジネス関係者に帰国を呼び掛けるほど、日本を責めました。
 ところが5月29日、日本の海産物について輸入再開を明らかにしました。
 また、沖の鳥島(東京都)沖に膨大なレアアースが埋蔵している、と判明すると、中国外務省が沖の鳥島は「島ではなく“ 岩礁”」と言い張り、海洋調査船を日本の排他的経済水域内(EEZ)に送ってきました。
 これも5月27日に突然、調査船を撤収し、同時に、日本の最南端の与那国島の領海に設置していたブイを撤去しました。
 さらにほぼ連日、サラミを切るように尖閣諸島沖で領海侵犯を繰り返していた中国海警艦艇の姿を見せる回数が最近、減少していると伝えられました。

肌感覚で危機の予兆を感じる

 こうした変貌に驚いて、何人もの知り合いの中国人に、「どうしたのか!」と習近平政府の変化を問うと、「最近、中国がヘンです」という答えが返ってきました。
 ヘンと言うだけでは意味が不明なので、具体的な例で説明します。
 在中時代に中国語の学習でお世話になり、現在は、東京で日本企業に勤めている安桃李(40歳)さんは、こう教えてくれました。
 北京外語大出身の安さんが東京の日本企業に就職したのは2015年。ほぼ2年に1度、故郷の安徽省に帰省し、その度に両親へ、日本観光を呼びかけますが、「中国の方が住みやすい」と応じませんでした。
 東京電力が汚染処理水を海に放出すると「日本食は放射能で命を奪う。すぐ、中国に戻れ」と強く迫ったほどです。
 ところが、今年の春節(旧正月)は日本招待の申し出を素直に受け入れ、アパートを拠点に70代の両親と2週間、生活しました。
 これまでの言葉とは真逆で、「日本で暮らし、日本人と結婚しなさい」と繰り返し言われた、と明かしました。
 安さんは両親の変心をこう説明します。「父母は建国直後に生れ、貧しいまま義務教育を終え、文化大革命の片鱗に触れ、国が指定した工場に定年の55歳まで勤めた一世代前の典型的な農村の中国人です。
 コロナ禍に続く不動産バブルの破綻で、田舎でも犯罪が目立つようになったうえ、周囲の監視の目が厳しくなる状況に、普通の庶民が、大きな変化が始まると不気味な時代の始まりを肌で感じているのです。
 その空気を、中国人は『ヘン』と表現しています」。
 米国の関税攻撃を弾き返し、国民の心に「安心と希望」を取り戻すには、個人消費を拡大することが必須として、習近平政府は政策を打ち続けていますが、巨大な壁があって実現していません。

社会不安の根源は戸籍制

 社会不安が拡大し、内需拡大が実現できない最大の理由は、建国に際して、国民を「欺いて」設けた戸籍制度が個人消費を妨げているからです。
 中国の人口は約14億人。都市人口が約6億3000万人で、農村人口が約7億7000万人と伝えられています。
 このうち農村戸籍のまま都市で働く出稼ぎの「農民工」が約4億人。都市と農村の戸籍の違いで、人の一生が天と地ほどの格差を生んでいるのです。
 毛沢東が新中国の建国に向けて掲げたのは、4000年に渡って極貧に捨ておかれた農民を貧乏から「解放」することでした。
 しかし、革命に成功すると、農村戸籍を設けて農民を土地に縛り付けたのです。
 中国は地方政府がほぼすべての行政を担う仕組みなので、貧しい地方政府には、町作り、教育、医療、福祉、住宅などの政策が重荷になっています。
 しかも、出稼ぎに出た農工民は生活の基本が原籍に限定されているため、ごく最近まで、住宅やマイカーの購入に差があったほどで、教育、医療、福祉などを受ける権利を持っていません。
 個人消費拡大の鍵は農村戸籍の撤廃個人消費を増やす最大の政策は、消費から取り残された8億人弱の農村戸籍を廃止し、自由に稼ぎ、自由に生活する権利を与えることです。
 しかし、農村戸籍の撤廃は共産党の存続を絶つことにつながるので、絶対にできません。
 戸籍制度を撤廃すれば、農村戸籍の8億人だけでなく、都市戸籍を含めた14億人が、さらなる自由を求めます。
 すると2つの戸籍が生む格差を利用した「監視」システムが弱まり、共産党は、国民のコントロールができなくなるのです。
 中国はいま未曾有の不況で、習近平政府が始まるとき中国人が抱いた「中華の夢」が消え、失業、倒産、窃盗や殺人、自殺など社会不安が増大しています。
 しかし、共産党の本音は「党」を守ることなので、庶民の犠牲は平気です。それで庶民は、生活に困窮しようが、社会不安を覚えようが、放置されているのです。